作者として、出来上がった写真に対する思い入れの度合いが一枚一枚違う。そのため、忘れられてしまう写真も存在する。
写真を整理する時に、ピントのズレてしまった写真を無意識に見過ごしていることに気が付いた。その理由を見過ごしていた写真を再び見ることで考え直した。

写真を撮るとき、カメラのピントを合わせる。それはピントの合わない部分の存在も含意する。カメラによって何かを見るとき、カメラによって何かが見えなくなっている。
とりわけ、ズームレンズを装着したコンパクトカメラで撮った写真にそのことはよく現れていた。「機械の眼で見る」という写真の特性がここで際立つ。

ポストプロダクションで、最も遠い距離で提示された部分を切り抜いて描いた。絵画はある程度、作者の目指しだけで作られるため、作者に有利な主観的なフィクションであるのに対し、写真は機械的なものが介在するため、「機械の目」という第三者が存在すると考えている。したがって、絵画にさらにある主観性を利用することで、写真では短くなってしまった時間を長くになるし、写真を見ておろそかにしてきたものを取り戻そうとする。